繋がる


不測の事態と呼ばれる状況に陥る事はしばしばある。ことに戦争はこちらも人間だし相手の方も人間な訳で、こちらとあちらの気紛れが妙な感じに噛み合ってしまって最悪のケースに、なんて不思議でもなんでもない。


「敵部隊、渡河を始めます。その数1500。」


伝令の引き攣った横顔を眺め、それからその顔を正面から見ている彼に目を向ける。相変わらずの余裕顔で「少し休みなさい」なんて言っている辺り、やはり評判通りの大人物なのか見た目に反して鈍感なのか。付き合いが長い割に関わりが少なかった僕には良く分からない。


僕達は西部戦線からやや突出したカウナス人自治区の南端辺りにいる。カウナス人の部族会議と地上軍が半ば公然と同盟関係にあることも関係して、両軍の勢力圏の境目からやや地上寄りと言って良い。


先日、天上側の侵攻に備えて一個師団を自治区南部のサボニス市に駐留させる事が決まり、一個大隊クラスの先遣隊が組まれた。隊自体は西部戦線で再編中だった連隊から適当に引き抜いただけだが、カウナス議会へのパフォーマンスの意味も込めて彼が同行することになった。面倒な事に彼みたいな大物が同行する所為で僕のようなのが副官格の幕僚として駆り出される羽目になっている。


「敗走中の連隊が道を誤ったんでしょうね、恐らく。」


カウナス軍と天上軍が昨日大規模に衝突したとの話は聞いていた。殆ど地上側勢力圏と言って良い場所に天上側の部隊が孤立しているのもそれで説明がつくし、偶然遭遇した小部隊に死ぬ物狂いで掛かってくるのも納得が行く。


状況が把握出来た所で、対応策を捻り出さなきゃならない。何の変哲も無い大隊なら手負いの連隊に鉢合わせして全滅でも構わないが、彼という軍にとって大事な人物を抱えている以上生き延びなければならない。その辺をどうにかするのも僕の仕事には含まれている。


「救難信号は送りましたが・・・。」
「サボニスのカウナス軍は間に合わないでしょうね。」
「恐らく。」
「んー・・・困ったね。」
「諦めるには早いと思いますが。」
「勿論諦めませんよ。考え中です。」


自分ほど幕僚は余裕を持ってないんだと理解して欲しいけれど、厭味を言っている場合ではない。ただ、もう少し焦った振りでもして貰えれば部下として若干心穏やかにもなれる気がする。僕が心穏やかになったからって現状は好転しないだろうけど。


外で銃撃の音がした。渡河する敵部隊に攻撃を加えているのだろう。頭数が少ないだけにその音もあまり大きくはなく、若干心細い気持ちにさせられる。狭いながらも川を挟んで対峙出来たのが唯一の救いだろうな。


「始まりましたね。」
「ええ。」


あまり興味がなさそうに答えて、彼は地図から目線を外さないでいる。幸いなことに向こうの砲兵隊は機能していないらしく支援砲撃の音は聞こえなかった。多分、敗走する中で装備や物資を遺棄したのだろう。急造の陣地だが相手に重火器がなければ少しは持ち堪えられそうだ。


広げた地図に近隣の部隊がマーキングされている。サボニスのカウナス軍第2旅団、地上軍北西基地の第14師団、前線支部の第1師団・・・。指でなぞりながら確認していた彼の手が止まった。


「ハロルドが新兵器のテストをしていましたね。」
「先程連絡を取ろうとしましたが通信機を切っているようでした。」
「そうですか。なるほどね。」


大事な仕事の間、部隊の通信機を全て切ってしまうなんてことはハロルド中佐にとっては何でもない事だ。暫く連隊付の幕僚として仕えていた僕は良く知っている。彼もその辺りは良く分かっているのか特に驚いた様子もなく「君は仕事が早いね」なんて言いながら頷いている。


「四八計画だったかな。」
「ええ。圧縮レンズ兵器の実験だとか。」
「あれは私が兵器局から引き取ったんだが、少し不安でね。」


敵軍に楔を打ち込み、味方を鼓舞する、ただそれだけの兵器だと中佐は言っていた。「そんなコケ脅しでも、毒ガスよりはマシ」とも。そうか、カーレル中将がこの計画を・・・。


「ここで戦死されたら、その心配も無くなりますね。」
「やっと得意の軽口が出てきたね。」


少し調子が出てきて、つい出た一言を捕まえられた。彼の前で今までこんなことを言った記憶は無いから、きっとハロルド中佐から聞いたのだろう。


銃撃が激しくなった。相手方も発砲を始めたに違いない。数的優位に立つ相手方は勢い任せの力押しをしているようだ。尤も、敗走して孤立した部隊に複雑な戦術がこなせる筈もない。となれば、ここは粘り強く正面の敵に耐える事だ。こちらにはカーレル=ベルセリオス中将がいる。その事も兵達の心理的にはプラスに働いてくれているだろう。戦術レベルでは気休めを馬鹿に出来ないと言うのが長い戦場経験での持論だ。


「兵達は頑張ってくれているようだね。」
「中将をお守りせんと必死です。」
「とは言え、遠くの援軍を待つほどの猶予も無い、と。」
「翌朝には、敵は僕らの身包み剥いで逃げていますよ。」
「痩せた天上兵には君の服がピッタリだろうね。」


テーブルに頬杖を突いて、彼がニヤリと笑った。この兄弟はやはり良く似ている。何処が似ていると言うより、そっくりと言ってしまった方が早い。一見全く違うように見せかけて、本当は全部一緒なんじゃないかと思うくらい。


「工兵連隊に連絡を取り続けるように。以上。」
「命令がシンプルで助かりますよ。」


軽く皮肉を言うと彼は嬉しそうに笑って、僕を見詰めた。「こういう時、弟はどんな事を言うのかな?」と尋ねられたから、「少し黙ってろ」と言われると答えた。また彼が嬉しそうに笑う。


「何の理論的裏付けもないんだけれどね。」


彼はテーブルから離れて、自分の椅子に腰掛ける。敵が迫っていると言うのにマイペースな立ち振る舞いを崩さない辺りが兄弟でそっくりだった。一瞬会話が途切れると敵軍のラッパの音が聞こえた。取り敢えず第一波は退けたらしく銃撃音が散発的になっていく。撤退のラッパだったらしい。


この場を離れて前線を指揮する大隊長を労いに行ってやりたい気もするのだけれど、幕僚としてはここで状況を打開してからでないと表には出られない。僕とて死ぬのを待ちながら戦うほど戦争が好きって訳じゃない。彼が先程の続きを言わんとして僕の視線を捉えた。


「私はハロルドがすぐにでも助けに来るような気がしてなりません。」


敢えて一つあげるなら、瞳が本当にそっくりだなと何の関係もないことを思っていた。瞳だけはパッと見ただけで本当に良く似ていると今気付いた。そこを認識してから彼の発した言葉の意味を漸く飲み込んだ。この妙に余裕があるような感覚の進め方は彼のが移ってしまったのだろうか。


またラッパの音がしたが、今度はこちらのラッパだろう。大隊長が自分の隊のラッパ手は軍歴20年のベテランだと自慢していたのを思い出した。敵の再攻撃に備える合図だろう。もうすぐ、また銃撃が始まる。


物凄く馬鹿みたいな事をこの人は言っているのだけれど、さっきまでの何を考えているか分からない態度と違って強い確信が感じられた。だから僕はそんな馬鹿なと否定することも出来ずに何故か納得させられてしまった。


「良く虫が知らせるんです。」


天上軍少年兵として捕虜になってから、当時ただの戦災孤児だった二人をずっと見てきた。黙っていても通じ合う彼等がどんな言葉を交わしていたか、どんな思いを抱きつつ今に至るのかは全く分からないけれど、彼等が通じ合っていた事だけは良く分かる。だから、彼のその言葉に僕は素直に納得してしまっていた。


急に爆音がして振り返った。敵軍の砲撃にしては着弾点が遠いし、僕達の部隊の砲でもない。テントから顔を出して表を見ると、川を挟んだ向こうに陣取る敵連隊の真ん中から黒煙が昇っていた。・・・・まさか。


「工兵第一連隊より入電。」


僕とすれ違い、転がり込むようにして入ってきた伝令の声が弾んでいた。混乱する敵軍の向こうに、彼らの姿が遠くからでもはっきりと見えた。走ってきて息も絶え絶えな伝令から、彼が打電文を受け取る。


「何と?」
「虫、我ニ知ラシム。」
「兄弟って凄いですね。」
「私もたまにそう思うよ。」


この妙な落ち着きが段々清々しく思えてきた。











あとがき
44444HITリクエストのベルセリオス兄弟でした。え?ハロ君出てないって?いやー、まぁ、勘弁して下さいよ。ちょっと難産でしたが、とにもかくにも形に出来たのが良かったかなって印象です。シャルティエ視点は書き易い印象があるな、やはり。