終の別れ


青年は、後ろから追ってくる規則正しい靴音に気がついた。
独特のリズムに良く知った顔が、頭に浮かぶ。
いつも不機嫌そうな、幼馴染の彼。



「リトラー少将。」



聞き慣れた声が、青年の耳に入る。
振り向くと、長い青みがかった銀髪がさらりと揺れ、エメラルドグリーンの瞳が相手を見詰める。
優しそうな、もっと言えば24歳という年齢にしては、幼めの女性的な顔立ちの青年。



「リトラー少将、クレメンテ大将がお呼びです。」



声の主・・・金髪のスラリとした青年・・・が、足早に歩み寄ってきた。
紺に近い濃い蒼の瞳が冷たい印象を与える。
先程の彼に比べ、同い年とは思えない位に落ち着いた雰囲気を纏っていた。
リトラーと呼ばれた青年は、ゆっくりと微笑んで答えた。



「どうしてそう、他人行儀になるかなぁ。もう長い付き合いだろう。」



愛嬌のある笑顔に見つめられ、思わず金髪の彼は目を逸らした。
それにも関わらず、なおもリトラーは覗き込むように、彼の背けた顔を追う。



その笑みが、どうも彼は苦手だった。
大輪の牡丹が咲き乱れるような笑顔。
厚く衣を纏った心の奥に、直に触れてくるようで。



「冷たいな、ミクトラン。」



リトラーは不服そうに呟く。
金髪の青年・・・ミクトラン・・・は咳払いをして、居住まいを正した。
目に少々険があり、それが不機嫌そうに眉を顰めている。



吸い込まれそうな綺麗な瞳も、包み込まれてしまいそうな眩しい笑顔も、彼の心を掻き乱す。
怜悧冷徹を信条とするミクトランは、公衆の面前でそれに流されるのが嫌だった。
周囲の人間が、それに触れるのが嫌だった。



「ミクトラン少将と呼んで下さい。もう一度言いますが、クレメンテ大将がお呼びですよ。」



「解りました。行けばいいのでしょう、行けば。」



渋々ながら、リトラーはミクトランから離れて、クレメンテの部屋へと向かい歩き出した。
しかし、すぐに立ち止まって振り返る。
相変わらず、喜色を顔に浮かべて柔らかく微笑んでいた。



「今日の夜、送別会をするから私の部屋に来てくれよ。」



リトラーは返事も待たず、足早に廊下を走っていった。
ミクトランは、呆れ顔でその背中を見送っている。
見詰める目元が、僅かに緩む。
厳しい雰囲気も、引き締まった表情も。



「まったくお前は・・・・変わらないな、昔から・・・・。」















「送別会って・・・二人?」



リトラーの私室の様子を見て、ミクトランは顔をしかめた。
言葉遣いは、昼間の儀礼的な仕事口調から、付き合いの長い友人のそれに変わっている。



白いクロスの掛かった、小さな円テーブルに料理が並んでいる。
テーブルの中心で、一輪挿のコスモスが輝いていた。
向かい合う形で木製の椅子が置かれ、グラスは紅い液体に満たされている。



「お前は友達が少ないからな。」



昼間と同じ愛嬌のある顔で、リトラーは舌を出して笑った。
図星を突かれ、ミクトランは黙ってしまう。



リトラーとミクトランはもう24年の付き合い。
生まれてすぐに知り合って、それからずっと腐れ縁だった。
お人好しで、誰にでも優しいリトラーは失敗も多かったが、人望もあり友人も多かった。
対照的にミクトランは万能の秀才だったが、リトラー以外の人間に心を開く事は少なかった。



「さっ、座ってくれ。」



リトラーはミクトランに席を勧め、自分自身も椅子に腰掛けた。
先程の言葉に、まだ不満そうな顔をしているミクトランは渋々と言った顔でそれに従う。



ふと、リトラーの顔を見ると、魅力的な笑顔がこちらをじっと見つめている。
どうもミクトランは、その笑顔が苦手で直視できない。
まだ酔ってもいないのに、ミクトランの顔が心なしか赤くなる。



「いつだっけ?」



ミクトランの心中も知らず、リトラーは不意に声を掛けた。
何もやましい事は無いのにも関わらず、ミクトランはどぎまぎしてしまう。



「えっ、何だ?」



「正式に転勤になるのが何時かって事。天上都市だろ転勤先。」



リトラーは妙な反応をする親友の様子に不思議そうな顔をし、再び尋ねた。
そう、ミクトランの転勤先は天上都市なのだ。
荒れ果てた地上を再び豊かな大地に戻し、人類の明日を切り開くのが天上都市計画。
ミクトランは、その指揮官に選ばれた。



「その事なんだが・・・・。」



少し言い難そうに、ミクトランは話を切り出した。
言いにくい事を話す時は、いつも彼は視線を上へと向ける。
それを、リトラーは見逃さなかった。



「一緒に来ないか?」



何かあると、覚悟はしていたにも関わらず、リトラーは驚いた。
何を言っているのか解らず、彼はミクトランをじっと見つめた。



「軍を辞めて、俺と来ないか。」



思いも寄らぬ発言を連発するミクトランに、リトラーはだんだん訳が分からなくなってきた。
なおもミクトランは続ける。



「俺も辞める。それで、俺とお前で地上に巣食うダニを潰す。」



「まさか、お前・・・・。」



恐ろしい想像が、リトラーの脳裏に浮かんだ。
何度否定しても、それ以外に浮かぶ事が無い。




天上都市から、地上に武装集団が降り立つ光景。
天上の砲撃で、地上の都市群が黒煙を挙げ、倒壊する瓦礫の山。
地平線の彼方まで広がる焼け野原と、彷徨う難民達。



「お前・・・天上都市を乗っ取る気か?」



「悪い言い方をすればそうなる。」



ミクトランの眼は、真剣そのものだった。
本気で天上都市を乗っ取り、地上と戦うつもりらしい。
彼の言う、地上のダニと。



「今の時代には、優秀な指導者が必要だ。だから、お前が必要なんだ。」



そして、ミクトランは本気でリトラーを誘っていた。
共に新しい時代を築こうと言っている。
驚きを隠せない様子で、リトラーは言葉を搾り出した。



「戦争に、なるぞ。」



「そうだろうな。」



「多くの血が流れるぞ。」



「それも仕方ない。」



そう言って、ミクトランは席を立った。
表情を険しくしたリトラーは、黙って彼の姿を見つめていた。
彼が言ってのけた台詞に恐怖していた。



同時に、目の前の愛する者の中で渦巻く黒い計画と、彼が歩むであろう黒い覇道に恐怖した。



「折角の送別会を・・・すまない。」



優しく微笑んで、ミクトランは謝った。
蒼い瞳は心なしか潤み、哀しみの光が浮かんでいる。
同時に覚悟の光も。
如何なる犠牲も厭わない、覚悟が滲み出ていた。



「明日の3時に、此処を発つ。待っている。」















その日は、太陽が昇る前から雪が降り出していた。
しんしんと、牡丹雪が景色を白く染めていた。



「・・・来たか。」



壁に背を預け、静かに眼を閉じていたミクトランは近づいてくる足音に、起き上がった。
言葉と共に、白い息が虚空に浮かぶ。 その日は、地上でも稀に見る寒さだった。



「ミクトラン・・・やはり・・・行くのか?」



右手に、細身の長剣を握ったリトラーが其処に居た。
表情には悲壮が浮かび、肌の色は何時にも増して白い。
親友の見送りでも、親友に付いて行くのでもない姿だった。



刃も辞さぬ、そんな覚悟が彼のいつも優しい表情を、見違えるほど厳しくしていた。
エメラルドの瞳が、微かに潤んでいる。



「あぁ。私は独りでも行く。」



残念そうに目を伏せ、ミクトランは友に背を向けた。
強くなった吹雪に、ミクトランのマントが靡く。
隙だらけの背中が、リトラーの眼前に立っていた。



「だが、お前に此処で斬られるのも・・・悪くは無いな。」



首から上だけ振り返り、ミクトランは妙に楽しそうに微笑んだ。
彼にとってはこれから敵になるはずの親友へ。
リトラーはその背を見据え、震える手で剣を構えた。



リトラーの剣の腕は、確かだった。
士官学校時代から、一度たりともミクトランは彼に勝てた事が無い。



「私を倒せば、戦争にもならない。無駄な血が流れる事も無い。」



背を向けたまま、ミクトランは雪の舞い散る空を見上げた。
彼の行く、天上都市が雲の上に輝いている。
リトラーは、膝を地に着きガシャッと音を立てて剣を落とした。



地面に横たわる剣に、薄く雪が降りかかる。
重い沈黙が、二人の間を流れた。
お互いにも、剣にも、微かに白い化粧が下りた頃になって、リトラーは断腸も思いで口を開いた。



「行け。ミクトラン。」



掠れた声を、絞り出すリトラー。
彼には独り行く親友の背に、剣を突き立てることは出来なかった。
別れの悲しさと、自分の情け無さに涙が零れた。



ミクトランは、優しすぎる親友に歩み寄り、そっと耳元に囁いた。
昨日と変わらぬ大切な人への声で、大切な人への笑顔で。



「会いに来てくれ。いつまでも・・・・待っているから。」



冷たい涙が伝うリトラーの頬に、ミクトランの掌がそっと触れる。
白くしなやかな指が、俯いた顔をゆっくりと持ち上げた。
雪の混じる冷たい風に凍えた唇に、薄いミクトランの唇がゆっくりと重ねられる。



優しく引かれた唇が小さく開き、微かに声を洩らす。
それが抑えた涙声だった事に、リトラーは気がつかなかった。



「さよなら。」



それだけ言って、ミクトランは再び背を向けた。
雪明りだけが照らす静かな雪原に、足跡だけが続いていく。
真っ白の雪に小さな雫が落ちていった。







二度と交わらない其々の道を、こうして二人は歩き出した。















あとがき
UPし忘れ作品。
ドサクサに紛れて、携帯館にだけUPされとりました。(汗)
ミクトランとリトラーの話を書きたかったのですよ。
若ミクトラン&若リトラー、24歳ですよ24歳!(ウルサイ黙れ)


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