つかずはなれず

「君は・・・・。」


何か言いかけて、ディムロスは言葉を濁した。
聞きたいことはあるのだが、如何聞いたものか浮かばない。
雄弁家の彼にしては珍しく、言葉に詰まってしまった。


青の瞳が見詰める先には、静かに紅茶を啜るカーレル。
磁器のカップを白魚のような指が取り、ゆっくりと口へ運ぶ。
その優雅な所作は、旧貴族家の当主を思わせた。


「どうしました?」


しかし、本来彼らは昼下がりにお茶を楽しむ人種ではない。
積雪を飲み水にするような、サバイバルな職場に勤めている。


カーレルは、音もなくカップを置くと頬杖を突いてディムロスを見る。
初めて会った時は、まだ純粋な少年の色を残していた姿だった。
それも二十代も後半に差し掛かって、だいぶ俗世の垢に染まって見える。
カーレルとしては、それはそれで悪くないと思うわけだが。


「別に・・・。」


無愛想な、喋りたくないという雰囲気を纏った反応。
その子供っぽさに、カーレルは微笑んだ。


「変わったね。」


何がと言う顔で、こちらを見るディムロスをカーレルは指差した。
自分の事かと、彼は不思議そうに首を傾げる。


その驚く顔も変わったとカーレルは思う。
ころころと表情が変わった新米時代とは、全然違う。
いつも間にか表情が減って、焦った顔やら困った顔はしなくなった。


「武家の奥方といったところかな?」


その表現にディムロスは当然顔を顰める。
だんだんと豊かになってきた表情が、カーレルは嬉しい。
昔、イクティノスに叱られたばかりいた新米時代に近くなってきている。


まぁ、武家の奥方と言うのは言いすぎかもしれない。
どちらかといえば、極道の妻。
旦那の方は立派なやくざ者。


「所帯染みたってことだよ。」


漸く要領を得たらしい。
その発言で、ディムロスは耳まで紅くなった。
そう言うところが相変わらずで、遊び甲斐があるなと思わせる。


事実、副官に説教を垂れる彼の姿は、上官のそれでは無い。
と共に、長年の友人に諭すのとも少し違って映る。


「悪くない傾向でしょう。」


そう言って笑うと、顔を背けて拗ねてしまった。
其処までの過剰反応は、自覚の表れだと気がつかないのだろうか。
ディムロス自身、頭は決して悪くはない。
だとすれば、感情が意識を制するほど昂ぶっているのだろう。
どちらにしても、カーレルにとって面白い玩具であることに変わりは無い。


「そっちは?」


ぼそっと呟くようにディムロスは言った。
何がです、と言うようにカーレルは目で続きを促した。


「君は誰を取る?」


取る。
その表現から間違いだなと、カーレルは思った。
取ると言うからには、取ろうと思えば取れる前提が必要なのだ。
それが、その前提が、彼には存在しない。


選択肢はある。
それは確かに、ないことはない。
イクティノスには一目惚れした。
リトラーは、ミクトランを忘れさせたい。
シャルティエには、戦争で受けた同じ傷を感じずにはいられない。


しかし、いずれもカーレルを必要としてはいない。
そう、彼自身が思っている。
だから、こうしてだらだらと関係を続けているのだ。


「ディムロスは良いな。」


思ったことを、つい言葉にしてしまった。
でも、確かにその通りだと思う。
熱烈に自分を愛してくれる人がいれば、それで良いのだ。
それが、カーレルには無い。


「私は、要らないらしい。」


自嘲して溜息を一つ。
ディムロス相手に弱音を吐いてどうするとも思うが、吐いたものは仕方が無い。
下げた頭を、ゆっくりと上げると青い目がこちらを見ていた。
少し厳しく真っ直ぐに。


「好かれるから、好きなのか?」


ディムロスが尋ねる。
私は答えに詰まった。


一瞬そうなのかとも思った。
でも、そうじゃないなとすぐに思った。
好かれるからじゃない。
簡単なこと、自分がそう思ったから好きなんだ。


「参ったなぁ。」


ディムロスに諭されるとは思わなかった。
いつもやや舐めてかかっている四つ年上の男が、随分大きく見えた。
カーレルは、湿った笑い声をあげながら顔を下げる。
肘を突いて頭を支えて、また溜息を一つ。


「君に惚れれば良かったな。」


戯れのような一言。
戯れのつもりが、口に出した途端真実染みてくる。
ますます自分が分からなくて、笑いが止まらない。


「慰めが欲しいなら、他所を当たってくれ。」


その応対、夫婦は似るものだと思った。
でも、その冷たい答えとは裏腹に、青い目は優しくカーレルを見詰めている。
それが温かいやら痛いやらで、ちょっと泣けてきた。


「慰めは無用。」


静かに一言返した。
その声はいつもに比べて頼りなく、でもちゃんと芯が通っていた。
彼は、しっかりした男だ。


「ただ、七年程遅かったなと言う事かな。」


「・・・・・なるほど。」


どちらとも無く、噴出すように笑い出した。
其々の思いの中で、笑い声は響いていた。































あとがき
両方とも受け染みてる・・・・。(死亡)
浮気者カーレルを叩き潰せ企画でした。
ってか、終わってみたらさらに浮気者。(二十五回ほど死ね)
ちなみに(二十五回ほど・・・)は弟に言われた台詞。(酷)
浮気者といえばイクティノスもですが、彼には深い事情があるんです。
次回辺りその辺のお話を。
ではでは。


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