「明日、出る。」


深夜2時、ユンカース隊参謀長の部屋のドアをノックした。書類では既に報告してあるが、習慣として。


「いつもありがとう。」


寝ているかもと思ったが、ちゃんと中から声がして、次に足音がした。きっと、ドアの前まで来ているのだろう。いつもの事だが元気がある声には聞こえなかった。


「工兵連隊は先に出した。」
「ええ。今回は荷物が多いので。」
「特殊弾頭100発、曲射砲三門、調整も間に合ったらしい。」
「そうですか。それは・・・良かった。」


良かったようには聞こえない。声がまた一段と沈むのが分かった。今回の作戦には特殊弾頭の中身として毒ガスを使う。作ったのは彼の弟で、使うように指示したのは彼自身。


「・・・ハロルドは乗り気じゃないみたいだな。」
「世話をかけます。」
「シャルティエに言ってやってくれ。八つ当たりが多いらしい。」


慣れない冗談を言うと、中で微かに笑い声がした。乗り気でないのは彼も同じ。だが、仕事中の彼は決してそんな様子を見せないし、有効だと考えられる作戦を選択しない理由もない。私とて、こうして彼の沈んだ様子を確認するまで乗り気でないことの確信は持てなかった。


「だが、勇敢だし部下の信頼も厚い。良い指揮官だ。」
「そう言って貰えると助かります。」
「好みの作戦かどうかで、態度が変わるのは難点だが。」
「すみません。あれで、なかなかロマンチストなので。」
「そこはお前と同じだな。」
「・・・・・・・・・・・・。」


暗に、彼が乗り気で無い事は分かっていると伝える。ロマンチスト、と言う表現は言い得て妙かもしれない。彼らが歓迎出来る戦いは中世の叙事詩で描かれるような、悲惨な戦いの中でも、憎しみや敵意を超えて敵味方が尊敬し合うようなものなのだろう。恐らく、毒ガスで敵兵士を殺すのはその範疇から外れる。


弟のハロルドは命令を受ける立場として、不満を態度に示した。しかし、きっと任務を全うするだろう。一方の彼は命令を下す立場から冷静に戦況を分析し、その理想の戦争から離れることを決断をした。


「良く決めてくれた。」
「・・・お見通しですか。」
「少しはお前達の事を知っているつもりなんだ。」
「ありがとう。」


彼らは、育ての親が指導するこの戦争を残虐で悲惨なだけのものにはしたくないのだろう。それは甘い考えなのかもしれないが何となく分かる。私とて、この戦争の指導者の息子だから。


「でも、少しは、じゃないでしょう?」
「え?」
「あと、お前達なんて都合良く括らない。」
「いや、それは・・・。」
「私の事、色々知っているでしょう?」
「・・・・・・・はい。」
「ごめんなさいは?」
「・・・ごめんなさい。」


急に元気を出した彼は、私の言葉尻を捕まえて言い包める。「少しは」と言ったのも「お前達」と括ったのも、それは勿論、照れの為なのだが、彼はそれを許してはくれない。


「上がって下さい。」


ドアが開いて彼と顔を合わせた。仕事以外の時間で会うのは久しぶりな気がして、何となく彼の顔を見られたことで安心したような気持ちになる。彼も同じ事を思ったのか穏やかな表情になる。勧められるまま部屋に上がって、ソファーの端に座った。久々に来たが、相変わらず良く片付いた部屋だった。


「煙草、止めてないのか?」


仕事机の上の灰皿を私は見逃さなかった。飲み物を用意していた彼は「見つかってしまいましたか」と苦笑する。


「久しぶりに吸ったんですよ。」
「ストレスがある仕事なのは分かるが、体に悪いぞ。」
「違います。」


マグカップを二つ持ってきた彼は、私の隣に躊躇無く腰掛けた。私が端に寄っているからだが、辛うじて隙間が空く。マグカップが突き出され、私は苦笑して受け取る。


「なかなか貴方が来なかったから。」


彼は表情無く、マグカップの中のコーヒーの水面を見詰めていたが、紫色の澄んだ目だけが一瞬こちらを窺った。困った。この空気は何と言うか居辛い。


「分かっている癖に。」


彼が視線を他所に外しながら膨れて見せた。確信を持っていたかは別として、その考えが浮かばなかったと言えば嘘になる。午前2時まで寝ずに私を待っていた彼が焦れて煙草を吸い始める様子が頭を過った。


「私は多分、貴方が想像した通りの人間なんです。だから。」
「だから?」
「もっと自惚れて貰わなきゃ困ります。」
「・・・・・・・・・・・。」
「私の悩みなんて、大体は貴方が解決できる物なんですから。」


彼がマグカップに口を付ける。私も同じように、コーヒーを少し飲んだ。味は良く分からない。すっかり彼のペースに引き込まれてしまった私の頭はちゃんと働いてくれない。


不意に彼が横に倒れ、私に寄りかかった。驚いた私は慌ててマグをテーブルに置いた。彼は瞳だけを動かして私の様子を窺っていた。


「毒ガスなんて使いたくなかった。」
「ああ、知っている。」
「けれど必要なら、辛くても仕方有りません。」
「・・・そうだな。」
「でも、貴方が褒めてくれたから、もう大丈夫。」
「本当に?」
「単純な人間なんです。こう見えて。」


私が想像した通りの人間だと言うから、きっとこうして欲しいのだろうと想像して彼の頭を優しく撫でた。でも恥ずかしい事には変わりなく、彼の顔は良く見られなかった。「良く分かってる」と彼は笑った。


「今、私が何を考えてると思いますか?」
「抽象的過ぎないか?」
「質問された瞬間、貴方が想像した事が正解ですよ。」
「え・・・・んー。」
「嘘を言ったら怒りますよ。」
「いや、その・・・。」
「早く。」
「その・・・私の事が、好き、とか・・・・・。」
「正解ですよ。」


首筋に彼の腕が回る。あ、これは多分、と思った時には想像通り唇が重なる。瞼を下ろすのが遅れて、彼の綺麗な瞳としっかり目が合ってしまった。目を逸らし損なって見詰め合ってしまうと、彼は唇からも私の目からも離れてくれない。


きっと唇が離れたら「次は何を考えているでしょう?」などと詰問される事だろうから、抵抗するのは止めようと思って、彼が望んでいると思う通りに私に寄り掛かる彼の細い身体をきつく抱き締めた。














あとがき
毒ガス話関連。ハロ君よりもさっぱりしてるカー兄さんは割とディムが居てくれればOKだったりするんですね。てか、ディムがやられっぱなしだな。情けねー。(笑)
相手の尻に敷かれるってのが固定しているうちのディムが可愛くて仕方がないんですが、病院か何かに行った方が良いでしょうか?
あと、お気付きかもしれませんが、最後の一文を長めにしてまとめに勢いを持たせる手法を最近使っています。どうかしら?




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