私が軍人になろうと決めたのは高校二年生の終りから高校三年生の頭にかけての辺りだったと思う。周囲では進路の話が出始めて、大学へ進もうとする者、就職しようとする者、家業を継ごうとする者と様々だった。両親は学者だったので継げる類の職ではなかったが彼らは私を学者にしたかったらしく仕事仲間に当たって進学先を探していた。
勿論、私は乗り気でなかった。


隕石衝突に伴う気候変動以降、北東部ラシーヤ地方での社会的混乱は増し、軍部が中心になって進める「天上都市計画」による増税が更に拍車を掛けた。巨大な都市を空中に浮かべ、そこから土地改良と天候管理を行なうという壮大な計画には多くの技術者や研究者が関わり、 その中には両親の名前もあった。ラシーヤのみならず農業地域であるスヴェリエでも飢える者が増える中、莫大な税金を食い潰す両親の仕事が正当な物とは信じがたかった。


軍人になったのは、両親とは別の形で天上都市計画に関わりたかったから。莫大な税金が投入された計画を止められないまでも、計画から得られる利益が民衆へ正しく分配されるようにしたいと思ったから。


親が反対するのは間違いなかったが関係なかった。士官学校なら学費は必要ないし、生活は全て自分で賄える。ただ、一つだけ気がかりだったのは・・・。


「考え事?」


頬杖を突いて外を見ていた私と窓の間に入ってくる、彼。無造作に束ねた髪が揺れ、大きな瞳にぼんやりした顔の私が映る。視界に彼が入っただけで緩みそうな自分を戒めて、瞼を下ろした。


「別に。」
「別に、ねぇ。」
「何だよ。」


最近、彼を邪険にしてしまいがちな自分の子供っぽさに呆れた。私は昔から兎角彼を意識しすぎる。しかも、普通そういう場合は「彼より〜」なんだろうけれど、私はいつも「彼に〜」やら「彼を〜」で、彼に喜んでもらえるのが一番嬉しいし、彼を悲しませるのが一番辛いと言った困った状態が昔から続いている。だから、軍に入ると平和主義者の彼に告げて、彼を悲しませるのはとても辛い。そして、こんなに彼に執着する私自身が彼と離れてしまってやっていけるのか、と言う情けない不安感も、ある。


「最近、機嫌悪いよね。何かあった?」
「・・・何もないよ。」


目を瞑っていても、彼がじっとこちらを見ているが分かる。多分、心配そうな顔をしている。自分が冷たく扱われる事を辛いと思うよりも、私の様子がおかしい事を心配する気持ちの方が彼の中では強い。彼はそういう奴なんだ。それが分かっているだけに、上手く接してやれないのが辛い。


「親御さんと揉めたんだって?」
「それは関係ない。」
「でも、リエトヴァの大学からの誘い、断ったんだろ?」
「勝手に話が進んでいて腹が立ったから。」
「で、親御さんと険悪なのか。」
「元々そんなに仲が良い訳じゃない。」
「ちゃんと言わなかった親御さんが悪いのかもしれないけれど。」
「かも、じゃない。」
「分かったよ。でも仲良くしろよ、親御さんと。」
「・・・努力はする。」
「親御さんとも付き合い長いから、仲悪いと俺も辛いんだ。」
「うちの親、お前の事気に入ってるからな。」
「うん。」


心なしか、彼の声が沈んだ。気になって目を開けて目の前の彼を見上げる。少し俯き加減の彼は窓に寄り掛かりながら手持ち無沙汰そうにカーテンの端を弄っていた。


「どうした?」
「親御さんにさ、お前説得するように言われたんだ。」
「大学の話?」
「そう。まだ正式には断ってないらしくて。」
「お前も、私をリエトヴァに行かせたいのか?」
「・・・・・んー。」
「何だよ?」
「本音を言うとさ。」
「うん。」
「あんまり遠くには行って欲しくないんだ。」


言い難そうに、彼が言葉を切った。先を促すように見詰めていると、彼が一瞬こちらを見て、すぐに逸らした。照れたらしい。相変わらず可愛い奴だなと思ってしまう辺り、本当に私は不謹慎な人間だと思う。


「ミクトラン、見過ぎ。」
「あ、すまん。」
「お前が将来活躍してくれたら嬉しいんだよ、勿論。」
「・・・・・・。」
「でもな、お前があんまり遠くに行くと、何か。」
「・・・・・。」
「あー、ごめん。」
「馬鹿、謝るほどのことじゃないだろ。」
「そう?」
「ああ、どうせ行かないつもりだったし。」


つい、優しい顔をしてしまった。やはり、彼といると気持ちも表情も、穏やかに緩んでしまう。勿論、リエトヴァ行きを断ったのだって彼と無関係ではない。それを彼に言う事なんて絶対に無いだろうけれど。


「それに、私だってお前が遠くに行くより近くに居る方が嬉しいよ。」


あ、また照れた。しかも少しにやけた。本当に素直に顔に出すなぁ、と感心する。そう言えば、気が付いたらいつも通り彼に接してしまっていた。いけない。少しずつ彼と距離を置いていって、軍に進むと告げた時、卒業して離れる時に、少しでもスムーズに行くようにしておかねばならないのに。勿論、彼と離れるのは私の望む所ではないけれど。


「・・・恥ずかしい奴。」
「一々照れるお前の方が恥ずかしい。」
「あー、もー、笑うなよ、熱い。」
「はいはい。」
「ダメだなー、俺、ミクトランといると変だ。」
「・・・・・・。」


離れようと思った理由はもう一つ。彼への気持ちや彼との関係について少し冷静になりたかったから。私の気持ちは多分間違いないものだろうけれど、彼が私をどう捉えているのかは測り知れない。だから、これからどう付き合っていけば良いか、少し距離を置いて考えられたら良いと思ったのだ。今の、いつも一緒に居られる関係は何にも代え難いけれど、少しの誤りで全てが壊れてしまいそうで、たまにとても怖くなる。だって、見えない尻尾をいつも千切れんばかりに私へ向けて振ってくる彼は、どうしたって可愛すぎる。


「馬鹿だよなぁ、俺。」
「そうだな。」
「お前がいない生活とか考えられない。」
「・・・・・・・うん。」
「ん?」
「何も言っていない。」
「・・・そっか。」


ずるずると壁に寄り掛かりながら、彼が床に座り込んだ。椅子に座った私を見上げる形に体育座り。高三にもなって体育座りが似合う彼。


「お前と離れたらどうなるんだろ、って不安だった。」
「ずっと一緒に居たからな。」
「うん、本当に。」
「・・・・・・・・。」
「だから、また一緒だって分かって、凄く嬉しかった。」
「・・・・・・・?」
「ん?」
「え、いや、一緒って?」
「え?」
「は?」
「士官学校。」
「士官学校がどうした?」
「え、お前も行くんだろ?」


驚いて言葉を失った。


「何で?言ってないだろ?」
「部屋に軍関係の本増えたし、資料取り寄せてたし。」
「・・・・あー。」
「俺も調べようと思ってた本が大体あったから。」
「・・・あー。」


一年のうち、300日以上私の部屋に出入りする彼なら私の興味の対象ぐらいお見通し、か。いや、それは兎も角、一緒と言う事は・・・・一緒と言う事なんだろうけれど。ラシーヤの治安悪化やリエトヴァの民族問題に強い関心を示していた彼が軍に進むという選択は、考えてみれば大いに有りうるなと今になって思った。


「一緒に頑張ろう。」
「ああ。」
「きっと、良い世界になると思うんだ。」
「ああ。」


彼と一緒に良い世界を作っていくなんて壮大な夢を見つつも、これからまた、彼と一緒に過ごせるのだと言う近い未来のことで頭が一杯だった。辛いような、嬉しいような。でも、間違いないのはこれからも彼のこの笑顔を毎日見られるということ。それは、やはり嬉しいな。


「あー。」
「どうした?」
「お前と居ると、私も変だ。」














あとがき
高校生シリーズ。今回はミクトラン大好きなリトラー君。リトラー君は鈍い物ですから、自分のこの気持ちが恋愛感情だと気付くまでまだまだ懸かります。我慢強いミクトランはまだまだ耐え続けます。馬鹿だな、こいつら。
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