Apocalypse996 目次
序/書簡
拝啓
今年もまた、暖かくなってきましたね。そちらは花が綺麗だと聞きましたが、どうでしょうか。こちらも多少寒さが和らいで来ましたが朝晩は冷え込みます。と言っても、昔に比べれば随分と良くなりましたが。あの頃は大陸中、何処へ行っても雪ばかりでしたからね。不謹慎かもしれませんが、たまにあの頃が懐かしくなります。


先だっての葬儀の際は大変お世話になりました。今回はそのお礼の為にお手紙を差し上げた次第です。ご助力のお蔭で良い葬儀を営めました。亡くなったクレメンテ閣下もお喜びだと思います。しかし、不思議なものですね。戦場での死と病に倒れての死と、どちらも悲しいということでは同じですが、全く違うもののように思えてしまいます。


閣下は私に「イリアは22だった。自分は生き過ぎた。」と最後まで仰っていましたが、閣下もまだ66。早過ぎる死と嘆かずにはいられません。貴方は今年54になられたのでしたね。兄が生きていれば53、私は44です。時間が経つのは本当に早いもので、あの戦争が終わって11年経ちました。すっかり復興も進み、あの戦争も歴史の教科書に書かれる内容になってしまっています。本当に辛い戦争でした。


貴方は天地戦争に加えて北部内乱も戦っていらっしゃいましたね。兄がまだ18、貴方とリトラー閣下、それと『彼』が19歳。今の時代なら大学生をやっている年齢から最前線にお立ちになっていた、そのご心労は察して余りあります。私はまだ物の分からない小学生で、戦場から送られてくる兄の勇ましい手紙に目を輝かせていたものです。


しかし、本当にあれも辛い戦いだったことと思います。当時の連邦政府の驕りが引き起こしてしまった悲しい戦い。きっと皆さんは最前線で政府と軍の腐敗を感じられたのでしょう。きっと『彼』も悲惨で不条理な戦いの中で、後の戦いへと繋がる大きな変革を志したのだろうと私には思われます。


古い話が長くなってしまって、お礼の手紙だと言うのに申し訳ありません。先日、リトラー閣下とお会いして当時の話を聞き、また自分でも色々と調べてみたものでつい。どうぞ宜しければ今度お会いした折にでも当時のことをお聞かせ下さい。兄の短い軍歴の中の数少ない武功も幾つかあると聞きましたので、ぜひお話頂ければと思っております。


今年貴方は軍歴35年を迎えられますね。兄も草葉の蔭で大変喜んでいることでしょう。友人として、教え子として、何かお祝いをさせて頂ければと思います。常にお元気でいらっしゃる貴方にこんなことを申し上げるのはおかしいような気もしますが、どうかお体を大切にして末永くお元気でいて下さい。


春が過ぎて夏になればこちらは涼しく、避暑にうってつけです。近くへお越しの折はどうぞお訪ね下さい。お会い出来るのを楽しみにしています。


地上暦31年3月7日
クライン共和国軍少将 イクティノス=マイナード


連合会議平和軍参謀長 リヒャルト=ウォルツ様
BACK