Apocalypse996 目次 一/連邦暦996年11月4日 クルガン州中央部スツ ーホ村郊外。 「01が迂回して攻撃。02は支援しろ。」 小隊長が敵味方の銃撃音が響く中で怒声を張り上げた。01分隊が壕から飛び出すと敵部隊の火線が即座に反応する。思わず、敵から視線を外して分隊の先頭に立って走る彼を目で追ってしまったが、すぐに我に帰って頭を低くする。ついうっかり頭を上げてしまった兵士を撃つ。私自身がそうなのだから敵もきっと同じなのだろう。 丁度いきり立った敵兵士が顔を出した。殆ど考える事無く自然に狙いを付け躊躇無く引鉄を引いた。肩で重い反動を受け止め、標的が崩れ落ちるのを横目に確認する。17年も前に制式化された旧式銃は新型に比べると随分重いが実戦経験に乏しい私達にも扱いやすい所がありがたかった。 銃の操作を本当に体が覚えたのは戦場に来てからだと思う。士官学校の演習場で貸し出された銃と型も弾薬も同じなのに全く違う感じがして、まるで身体の一部のように自在に扱えるようになった。次弾を装填すると、空薬莢が飛ぶ金属音が銃撃の中でも妙に耳に残った。 「良い腕だな、軍曹。」 小隊長が抑揚のない声で私を褒め、慣れた手付きで軽機関銃の弾倉を交換した。9月までは士官学校とは言っても普通に学生をしていた筈なのに、いつの間にか戦場の真ん中にいる。元々射撃は得意だったが最近は的でも人でも変わらずに狙えるようになった。勿論、気持ちは違うのだけれど。 次を、と思って顔を上げようとすると急に敵の射撃が弱まった。同時に「伏せろ」か「危ない」か、そんな類の言葉が聞こえた気がした。その一瞬後、敵の塹壕から轟音と爆煙が上がった。先行していた01分隊が手榴弾を投げ込んだようだ。 すぐに敵の射撃は再開されたが死傷者が出たのか壕は騒然としている。一つヘルメットを被った頭が見えた。負傷した仲間に慌てて駆け寄ったのだろう、動揺したのか自分が頭を下げるのを忘れてしまっている。私にはその兵士の気持ちが良く分かった。 二発目を撃った。殆ど同時に兵士は視界から消えた。複雑な感情。人殺しを拒む気持ちが無い訳ではないけれど、一方で敵を仕留めた事への達成感が沸く。どちらも感じなくなれば良いと最初は思ったけれど、何も感じなくなるのはもっと恐いと最近思う。 「よし、こっちも突入だ。行くぞ。」 最初に飛び出した小隊長に続き、私も部下に合図して塹壕を駆け上がった。 「雨、強くなってきたな。」 昼過ぎから降り始めた雨が寺院の高い天井を叩く音がする。村にある古い寺院を借りられたお蔭で雨晒しで一晩明かさずに済んだ。夜開け頃に本隊が到着するまで一休みだ。 行軍は基本的に小隊単位だが補給を受けたり、戦況について情報を得たりしなければならない。もっとも装備が旧式なお蔭で弾薬は敵から奪うなり、陣地跡を探すなりすれば手に入る。ラシーヤ軍の装備と同レベルの旧式銃だからこそ出来る現地調達と言って良い。南部戦線の最新装備部隊ではこうはいかないだろう。 「本隊は雨の中で夜行軍か。気の毒に。」 「ああ。」 本隊、つまり私達の所属する部隊は第305教育大隊と呼ばれている。高校や大学に通いながら訓練を受けていた予備兵士や私達のような士官学生を実地訓練を名目に動員して編成された急造部隊。まともに戦えるような部隊ではないのだが伸びきった戦線に物資、兵員とも不足とあっては仕方がないと判断されたのだろう。気が付いた時には最前線にいた。 「今日、何日だっけ?」 学校に居た頃は授業や休日のサイクルで日付や曜日は把握できていたのだが、どうも最近日付感覚が鈍くなってきている。日々の繰り返しが存在しない世界だから仕方がない。ただ、普段の生活と随分離れてしまっているような気がして怖くなる。 「11月4日。」 「え、もう1ヶ月?」 驚きはしたものの、戦闘の後でこうやって悠長に話せるようになったのだから「もう」ではないのかもしれない。兵士を撃った時もそう思ったが慣れと言うのは恐ろしい。最初の戦闘の後は自分の銃弾が敵兵士の頭に穴を空ける瞬間が焼き付いて、ただ震えていた。勿論今も色んな光景が焼き付いてくるのだが不思議なほどさばさばしている。 「なんかさ。」 「ああ。」 「慣れるのが怖い。」 戦場に慣れつつある自分が怖い。いつの間にか敵を撃つのに躊躇がなくなって、自分の放った銃弾で敵兵士が倒れることにある種の達成感を感じるようになった。軍人として躊躇をしないのは当然のことなのだし、任務を遂行して達成感を得るのもおかしくないと思うのだけれど。それでも、今までの自分と今の自分の落差にはショックを感じる。 今日、私は敵兵士を2人狙撃して倒し、もう1人剣で斬った。自棄になって飛び出してきた兵士だったが、手榴弾で片腕が利かなくなっていたのが後で分かった。その手榴弾を投げ込んだのは彼で敵兵士を3人殺害した。 「躊躇ったら死ぬぞ。」 「そうだけどさ。」 「・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・。」 暫くの無言。高い天井を見上げて溜息をついた。彼は一度席を立って、休んでいる兵士達を見やった。もう皆、眠りについている。兵士の寝袋を指差して数え、微かに笑う彼。今日、小隊の死傷者は零。それが何よりだった。 多くは卒業後に正式に入隊すべく訓練中だった高校三年生、または軍に籍を置きながら勉強する大学生だ。歳は私や彼とそう変わらないがより一般市民に近く、最前線の兵士としては余りに若く経験が浅い。分隊長の士官学生風情が偉そうにと思われるかもしれないが、兵を死なせたくないと強く思う。 「今日は皆居るな。」 「ああ、良かった。本当に。」 ミクトランが近付いてきて、私のすぐ前に座る。座面に逆に越し掛けた彼が間近で私のことを見た。うっかり視線を合わせてしまい見詰め合う形になった。彼の手が伸びる。 「何だよ。」 「別に。」 優しく撫でられた。悪い気はしないけれど気恥ずかしくて拗ねたような非難をした。でも彼は笑って取り合わずに私を見詰めたまま頭を撫でている。その手を振り払う事もせず私は何となく目を逸らすだけだった。 あまり感情が表に出ないけれどミクトランの目はとても優しい。戦場で人を殺してもそれは変わらない。その優しい目で見られると、こちらまで普段通りの自分に戻れる気がする。 「お前は変わらないな。」 「そうか?」 「気難しくて困ると兵達が言ってたぞ。」 「・・・・・・。」 「嘘だよ。」 他愛もない冗談を言うと笑いが零れた。彼と居ると戦場の埃や血や火薬に塗れていた心が浄化される気がする。少なくとも、人を殺しても何とも思わない人間にはならなくて済むように思える。 「でも、変わらないのは本当。」 感謝の気持ちを込めて伝えると、少し照れたように彼は唇を結んで押し黙った。表情は少ない筈なのに考えている事が良く分かるのが不思議だ。 だんだんと心の緊張が解け、頭を撫でられる心地良さと一緒になって、だんだん瞼が重たくなってきた。それを察した彼が私に「おやすみ」と囁くのが聞こえた。素直に頷いて瞼を下ろす。良い気持ちで眠れそうだ。 「お前のお蔭だよ。」 頭を撫でていた手が頬へと滑って、朧気に彼の言葉が聞こえた。ああ、こちらが思っていたことなのに先に言われてしまったと頭の何処かで思いつつ、ゆっくりと眠りについた。 ※連作だけど毎回後書きを入れます。 996年ですから、天地開戦の4年前ですね。 リトラーもミクトランも19歳って訳で、私よりも若いのかぁ。何か複雑だ。 北部内乱の主戦場はウリヤノフスク州南部あたりで、彼らのいるクルガン州は敵味方共にあまり重要視していない戦場です。その分、訓練不足の二線級部隊同士で戦う訳で結構ひどい感じになることも。 ちなみに第305教育大隊は小隊長以上がプロの軍人です。彼らは優秀な指揮官なので新米を率いて良く頑張る訳なんですけど、上級幹部も最前線で先頭に立って戦うってのが連邦軍(後には地上軍も)伝統なので死傷するんですよね。そういう訳で、リトラーやらミクトランが頑張らなきゃいけなくなってくると言う訳です。 では、また次回。 BACK |