Apocalypse996 目次
二/
連邦暦996年11月
クルガン州ブロンシュテイングラード市 中央駅


特別編成の汽車からぞろぞろと出てきたのは、やや表情に疲れを見せている将兵の姿だった。サマラ州からヴェルムランド州、シャウレイ州、アリートゥス州を経て、やっとクルガン州と言う長い汽車の旅だったのだから無理もない。


スヴェリエ地方からラシーヤ地方へ向かう場合は以前ならハンゼ地区を通過する南北鉄道が効率の良いルートだったが、現在南北鉄道の軍事利用は鉄道を管理するハンゼ地区自治議会が禁止している。名目上ハンゼ地区と南北鉄道は中立だがレンズ流通に関してハンゼとラシーヤの関係が深いこともあり資金、情報、技術面でラシーヤに支援が行われているのは確実だろう。


「まぁ、どうでも良いことだ。」
「はい?」


滅多に口を開かない曹長が唐突に呟いた言葉に周囲の兵士達は思わず驚きの声を上げたが、年齢の割に随分と重々しい雰囲気を漂わせる彼はそれすら気にしない様子で音もなく席を立った。22歳ながら軍歴7年を数えるトマス・ウォーラ曹長は一下士官が大局観を持つ必要性を感じなかった。志願した翌年16歳の頃からラシーヤの各地で戦いと言う戦いを目の当たりにしてきた彼にとって重要なのは目の前の敵を倒し、家族の元へ帰ることだ。


列車の外ではやや混乱が生まれていた。員数や輸送物資の確認作業は入念に準備された輸送であっても手間であるのに、もはや戦況は「取り敢えず運ぶ」ことを要求している。混乱が起こるのは必定だった。加えて・・・。


「どうした?」
「何だ!?」


現在の軍は自分のような職業軍人だけで構成される訳ではなく、拡大した戦線を維持する為に掻き集められた予備役将兵、徴集兵、士官候補生、予備将兵などなど雑多な人間が混ざり合っているのだから混乱は避けられまい、などと彼が思考を巡らせようとした所でより具体的な騒ぎが起こった。


「古参兵と下士官がちょっと・・・。」


声がした方からやってきた年嵩の兵士が尋ねられてもいないのに握り拳を頬に当てる仕草でウォーラに告げた。野次馬として喧嘩を楽しむ様子の兵士に溜息を一つ吐き、彼は薄く人だかりの出来たホームに降り立った。
連邦軍の志願下限年齢である15歳で兵士としてのキャリアをスタートしたウォーラ軍曹だが、その経歴が周囲にイメージさせる人格とは異なり血の気は決して多い方ではなかった。ただ、自分の階級と風貌、それから制服左胸に並んだ勲功略綬の数がこういう場合に役に立つ事を良く理解していた。


「止せ。」


人だかりを掻き分け、輪の中心に向けて低く言葉を発する。状況はやや複雑だった。古参兵二人が倒れており、大立ち回りを演じたらしい若い伍長が同じくらいの年回りの伍長に後ろから羽交い絞めにされている。自分よりやや体格に優れる相手に捕まってもなお戦意が旺盛と見える伍長は赤みがかった黒い瞳を目の前に出てきた下士官に移していた。カウナス人かとウォーラは内心呟き、恐らく正しいであろう事件の原因を推測した。


「官、姓名は?」
「・・・・・・・。」
「落ち着け。」
「・・・・・・。」


カウナス人は大陸西部の荒野に居住する遊牧民で、赤みがかった瞳を身体的特徴とする。心身に強靭で同族の繋がりが強く、軍部や政財界でも一定の勢力として存在しているが、やや排他的な性質が災いしてか地域によっては差別を受けることもある。軍に入る前、義務教育課程で学んだ程度の知識ではあったが古参兵のちょっかいが過ぎたのだろうと容易に想像がついた。


「後ろは?」
「はっ、ルイス・クロフォード伍長であります。」
「トマス・ウォーラ曹長だ。もう離して良いぞ。」


10代後半の下士官、士官候補生章を付けていないから教導学校出身者だろう。少し子供っぽさが残るものの快活さが感じさせる好青年は英雄の証を左胸に並べた曹長に対して純粋な尊敬の眼差しを向けていた。一方、解放されたカウナス人伍長は怒りを含めた全ての感情を消し去った表情で皺の付いてしまった制服を整え、形としては完璧な敬礼を見せた。


「クーゲル・C・トラウム伍長です。ご無礼をお詫びいたします。」


ウォーラは詫びられた気が全くしなかったが、腕っぷしが強く必要に応じて感情を抑えられることは下士官にとって重要なことだと好意的に受け止めた。行って良いと手で促すとトラウム伍長は隙の無い動作で回れ右をし、悠然と去って行った。


教導学校が設置されたのは15年前。ラシーヤ地方と中央政府の関係悪化を受けた軍上層部は非常事態に備えて優秀な下士官を養成したかったらしい。軍部政権になってから軍政についても内政についても失政続きだった印象だが、この制度だけは上手く機能していた。2年間に渡り中卒の若者に軍隊と言うものを厳しく教え込み、最前線のスペシャリストが出来上がる。


「躾は悪いな、教導学校。」
「礼儀作法はカリキュラムに組まれていませんから。」


娑婆っ気が抜けない口調でクロフォードが笑顔を見せる。自分の礼儀正しいとは言えない態度も含めて言っているのだとしたら随分と諧謔みのある男だ。そうウォーラは思ったが「失礼します」と再度敬礼して駆け足で去っていく様子はまだまだ高校生に毛が生えた程度に見えた。


彼自身、連邦軍の中では若い世代に含まれるためか「これだから若い者は」とは思わない。或いは2年前に一児の父になって以来、自分より若い世代を見ると親はどんな気持ちで彼を軍に送ったのだろう、などと無用な情が沸いてしまうからかもしれない。


「いかんな。」


15年もすればうちの子供もああなるのか、と22に過ぎない彼には遠すぎる未来を思い、すぐに打ち消した。西部戦線ではラシーヤ側も二線級部隊が中心で、中には年端もいかない少年兵で構成される部隊もあると聞く。自分に、美しい妻に良く似た優しい目をした幼子がいるなどということは忘れないと家族のもとに帰れなくなりそうだった。


先行しているヤコヴレフ隊は先鋒の旅団級部隊がほぼ全滅する憂き目にあい、増強部隊として送り込まれた教育大隊も大きな被害を受けたと聞く。このクルガン州を巡る攻防で失われた連邦兵は既に5千を超えていた。







































あとがき
お父さん登場。笑
あと、後にミクトランの部下になる二人もね。

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