Apocalypse996 目次
三/
連邦暦996年11月23日正午
クルガン州中央部ブレドフスカ川


ミクトランは部下の下士官二名だけを連れて偵察に出ていた。川の東岸を歩き回り、敵が陣地を置きそうな場所を特定しておく必要があったからだ。


この二週間ほどで想定外の後退を余儀なくされた大隊は、最早攻勢の為ではなく持久的な防御を行う為に配置されている状態になっていた。第305教育大隊はは近隣地域を担当する部隊や上級部隊と連絡を取り合った上でスツーホ村から10キロほど西に退いたブレドフスカ川西岸で防御の構えを敷いている。


大隊にとって―同時に士官候補生として教育を受けている最中に動員された、この若い軍人にとって―大きな変化がもう一つ あった。正規の教育を受けた将校が激減していたのだ。敵が数少ない戦車や装甲車と言った機動力のある兵器を集中的に運用し、連邦軍の弱点を見つけてはコツコツと被害を与える攻撃を続けていたことが原因だった。兵士ならばどうにか手当が付く部分もあるが、簡単に何処かから引っ張ってくる訳にはいかないのが将校と言うものだ。


「小隊長殿。」
「ん?」


大隊を運営する将校の頭数が絶対的な不足に陥った結果、正規教育を受けた少尉が中隊長や大隊の参謀として引き抜かれ殆ど素人同然だった彼らが小隊長として部隊を率いねばならない事態に陥っている。


「向こうの丘と、あとは手前の林ですね。」


四十前後と思われる古株の下士官が地図を広げながら、彼自身の息子と大して歳の変わらない上官に説明する。大隊とその上級部隊である第21師団の司令部は、小隊の運営を事実上ベテラン下士官の手に委ねることで大隊を維持しようと考えていた。現場の将校が不足しているのは西部戦線の先鋒を務めているヤコブレフ隊全体に言えることだったため、何処からも新しい指揮官を連れてくることが出来なかったのだ。


「他には?」
「1キロ半ほど上流に渡河しやすい浅瀬があります。」
「分かった。中隊本部に報告しておく。」


いないよりはマシだが全く期待は出来ない存在、として扱われた小隊長の反応は様々だった。各小隊の分隊長としてそれなりの活躍をしていた者の中にはそのような戦力外的認知に反発し、下士官の助言を露骨に無視する小隊長も少なくなかったが、ミクトランはそのような感情的な行動には賛成出来なかった。学者の家系に生まれた彼は専門家の言葉にそれなりの裏付けがあることを良く理解していた。


小隊下士官は大人しく自分の助言を容れる小隊長の態度に多少の安心を抱いていたが、だからと言って何かが変わる訳ではなかった。強いて言えばまともな教育も受けないまま前線に送られた若者に対する憐憫が僅かにあっただけで、古株の下士官や兵が「あのガキ」などと陰口を叩くことを止めはしなかったし自分自身参加することもあった。


「戻ろう。」
「ハッ。」


ミクトランとしても特に今の扱いが不当とは思わなかった。彼は自分を余り主観的に捉えることをしない性格だったため、客観的に言って半人前以下の自分が戦力扱いされないのは正しいと感じていた。


ただ、彼のそういった客観性が無気力と取られ、部下の不信を買っていることも自覚していた。自分が半人前以下になることは認めても、役立たずになるつもりも足を引っ張るつもりもないミクトランは、表に全く見えないところで思い悩んでいた。








「どうだった?」
「ん?」
「偵察。」
「いや、別に。」


リトラーは同じく少尉に昇進し同じ中隊の小隊長になっていた。最近、暇を見つけては教範を持って小隊下士官に質問を浴びせているらしく、変わり者の小隊長がいるとの噂がミクトランの耳にも入っていた。リトラーと自分で最も違うのはそういうところだな、とミクトランは改めて思う。


「軍曹が大体やってくれたから。」
「専門家への権限分与だな。大事なことだ。」
「いや、丸投げだよ。言うまま報告書にして提出した。」
「俺は部下が何か言う度に理由を聞いて煙たがられるよ。」


ミクトランの右手に座ったリトラーは笑いながらパンを齧り、自分の部下である下士官がいかに高校時代の生物教師と似ているかを喜々として語り出した。ミクトランは生物が今一つ得意とは言えなかったリトラーが、説明が簡潔すぎる部分のあったその教師にしつこく質問をぶつけて困らせていたのを思い出した。


あの教師は困ってはいたけれど、リトラーを嫌ってはいなかった。つまりミクトランが考える、リトラーが数多く持つ尊敬すべき点の一つはそういうことだった。きっと彼の部下の下士官も手のかかる上官に困りはしても嫌うことはないだろう。むしろ、長く過ごすうちに好意を抱くようになるに違いない。


「お前は凄いよ。」


リトラーに釣られて笑みを零しながら、ミクトランは呟いた。ミクトランの呟きが耳に入ったリトラーは昼食のパンを大きく頬張ったまま探るような目を向けた。何処か心配そうな色が見える。


「あー、その、すまん。」
「・・・・。」
「ゆっくりで良いよ。」
「・・・・・・。」


何か言おうとして慌ててパンを飲みこもうとしたリトラーを見ていて、またつい笑みが零れた。どうして彼は、こんなにも簡単に自分の小さな悩みを忘れさせてしまうのだろうと不思議に思った。


「まぁ、私の良さはなかなか通じないんだ。」
「俺ぐらい長く付き合わないと?」


漸くパンを飲みこんだリトラーは心配の色を浮かべていたのを笑顔に変えて、ミクトランの顔を再び覗き込んだ。ミクトランはそれに同意を示そうとしたもののどうして良いものか分からず、結局片眉を上げて首を傾げる曖昧な仕草をしただけだった。それが不満だったことを分かりやすく表情に出すリトラーに、またミクトランは笑みを零した。


「さて、そろそろ時間か?」
「ああ、今度はこっちが哨戒に出なきゃならない。」


官給品の腕時計―ミクトランは専ら懐中時計派だったし、リトラーは元々時計を持ち歩く習慣がなかった―に目をやりつつ、溜息を一つついて二人は気持ちを切り替える。


短い息抜きの時間を終えた彼らは、どこにでもいる大学生から連邦軍将校の顔になって腰を上げた。士官学生に軍服を着せただけの半人前に過ぎないとは言っても、既に彼らは両手では足らない数の敵兵士を直接と間接とを問わず殺害していたし、四十人もの兵士を率いて戦うことを義務として求められていた。


後方のブロンシュテイングラードには現在、増援として臨時編成された部隊が次々に到着しているとの噂があり彼らも耳にはしていたがそれが前線に辿り着くのが先か、彼らが撃破されるのが先か、誰にも検討がつかなかった。

















あとがき
無意識にポイントを稼ぐリトラー。笑
あんまり軍隊的な戦闘シーンをばしばし入れても仕方ないので、負け戦部分はザクっと省いてしまいました。
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