A Bloody Bloody Little War

血まみれの
残虐な
忌々しい
或いは、くそったれの
ひどく小さな戦争



八.
後方地域の市街には不似合いな光景だった。夕闇が迫り、一面が弱い西日で赤く染められる中を屈強な兵士達が音もなく進んでいく。

「〇一、〇二班は裏へ。〇三班は正面を。〇四班は下がって通路を封鎖しろ。」

赤い夕日が当たっても、なお鮮やかな青い髪をなびかせながら、若い将校が指揮を執っている。彼、ディムロス・ティンバー少佐は、数年後には地上軍で最も名高い将軍の一人となるが、当時はまだ無名の青年将校でしかなかった。

「包囲完了、か?」
「ああ。」
「全く、大盤振る舞いだな。」

大隊主任参謀ノリス・カルナック大尉は、建築業者から手に入れたビルの図面に配置を書き込みながら呟く。一個中隊規模、約一五〇人の兵士がビルを囲んでいた。

「ったくよー、こっちの街中でどんぱちやるために訓練してんじゃねーぞ、俺らは。」
「気持ちは分かるが、そう言うな。」

ディムロスが指揮する大隊は編成途上ではあったが、一個中隊は完全な編成で用意することが出来た。訓練の面でも装備の面でも行き届いた理想的な状態と言って良い。これを後方地域の小競り合いに投入するのは確かに「大盤振る舞い」と言うべきだった。

「これも仕事のうちだ。」
「殺人事件の犯人探しも?」
「何でもやるのが情報部だ。仕方がない。」
「はいはい、仰るとおり。」

捜索開始から標的の拠点を特定するまでにかかった時間は三時間。戦闘部隊までも投入した人海戦術が功を奏した形だが、運の要素も大きかった。一ヶ月ほど前からゴロツキが出入りしていると市警本部と憲兵司令部がマークしていた建物に、普通そうな人間が入っていくのを見た、というちょっとした情報が糸口だった。

「ま、ここからは得意分野だ。」
「その通り。」

ディムロスは拳銃の弾倉と安全装置を確認し、ノリスは短機関銃を肩に掛けた。地上軍は突撃の際は将校が先頭に立つべしという連邦軍の伝統を引き継いでいる。彼らも当然突入部隊と同行するのだった。

「準備は出来たかな?」

臨時に大隊の指揮所としたトラックの荷台に声が掛かる。イクティノスだった。突入に参加することを決めていた彼は、既に拳銃を手にしていた。

「情報部長ってのは随分暇なんだな。」
「それを言われると痛い。」

ノリスが嫌味の混じったような軽口を叩くと、イクティノスは苦笑した。上官に対する喋り方というものを知っていて無視するノリスの態度に、ディムロスは溜息をつく。

「これより突入に移ります。」

空気を変えるべく、決然とディムロスは言い切った。軽機関銃の威嚇射撃に続き、数名で一組になった兵士達が次々と突入していく。イクティノスはその先頭に立つ。戦闘に加わるのは久しぶりだった。

抵抗は呆れるほど弱かった。金で雇われたと見られるゴロツキ達は正規軍に包囲された時点で戦意を失っていた。次々と武装を解除され、床に転がされるか、或いは壁に手を着いた姿勢を取らされる。

「一階制圧、上へ向かいます。」

二階も同じように大した抵抗もなく制圧されていく。諜報員らしい者は見当たらなかった。逃げられてしまうとまずい。三階の制圧が済まないうちに、シャルティエを四階へ上がらせた。

「逃げ場はない。抵抗するな。」

階段にいた護衛を倒し、部屋へ踏み込む。意外な光景が広がっていた。目撃された「普通そうな人間」が二人。片方がもう片方へ銃を突きつけていた。内輪揉め?

「ちっ、やはり仕事が速い。」

シャルティエは、どちらの男も見たことがあった。銃を突きつけている側の男は保安局のクルト・ブレーマー中佐。情報部排除の最右翼として、補佐官用の資料に顔写真付きで載っていた。倒れているのは、背格好と髪の色でしか分からないが、午前中自分が追い掛け回していた、例の「重要参考人」だった。

「伏せろ。」

不意に倒れていた方の男が叫ぶ。伏せる?誰が?僕が?どうして?反射的に素早く身を伏せる。頭を何か光るものが掠めた。投げナイフ。殆どノーモーションだった。避けられたのは声に反応したお蔭だろう。だが、どうして見ず知らずの相手の言葉に素直に従ったんだろう、とシャルティエは苦笑する。

その間にブレーマーは倒れた男からも、シャルティエからも距離を取った。シャルティエはドアの影に身を隠す。倒れていた男もソファーの後ろに逃げ込んだようだった。

「助かった。」
「いえ、こちらこそ。」

朝には追う側と追われる側だったにも関わらず、ほんの十秒ほどの間にシャルティエはこの人間は信用出来ると確信していた。無言で、自分の拳銃を床に滑らせ、即席の相棒に渡す。相手は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。

最前線ならば初対面の兵士でも助け合うのが当たり前なのだ。それに、彼らは今日既に一度顔を合わせている。だから二度目だ。互いに、不思議な状況だという自覚はあったが、非合理だとは思わなかった。

アイコンタクトで飛び出す。ブレーマーの放った銃弾が二人の身体を掠めていくが、立ち止まらない。ハロルドの撃った弾がブレーマーの肩に当たる。体勢が崩れる。シャルティエがその隙を突いて踏み込み、ブレーマーの身体を壁ごと刺し貫いた。

「急所は外してあります。ここまでです。」

シャルティエの言葉に、ブレーマーががっくりと項垂れる。先程までの姿が嘘のように、シャルティエはホッとした表情になっていた。階下の銃声も止んでいた。

「ピエール・ド・シャルティエです。」
「ん?」
「名前です。僕の。」
「あぁ。」

ハロルドは自分が自己紹介を受けたことに気付けなかった。その反応が可笑しかったのかシャルティエが笑う。年齢相応の笑顔だったが、返り血が白い頬に飛んでいるせいで、随分凄惨な光景だった。

「ハロルド・ベルセリオス。」

自分は立場上名乗っても大丈夫なのだろうか、と一瞬躊躇ったものの、ここまで来てしまったら名乗るかどうかで変わるものでもない、と開き直る。ここまで来てしまえば保安局には戻れまい。だったら諜報員の真似事は辞めにしよう。そう思った。







九.
「終わりましたか?」

イクティノスが上がってきていた。殺人事件の捜査から、敵の拠点への突入から、色々と自分でやりたがる奴だなとハロルドは思った。

「はい、少将。」
「ご苦労でした。」


イクティノスはシャルティエを労い、それから部屋をぐるりと見回す。途中、倒れているブレーマーの姿も目に入ったが何とも思わなかった。失敗した諜報員というのは惨めだ。感想はそれだけだった。

「貴方でしたか。」

ハロルドに向き直って、まずそう言った。前線で暴れすぎて、暫くはデスクワークをしていると聞いていたが、まさか同業者になっているとは思わなかった。シャルティエから逃げ切ったというのも納得が行った。

「久しぶりですね。」

ハロルドは答えない。シャルティエがブレーマーを連れて行くのを黙って見つめていた。その表情からは感情が読み取れない。二人が顔を合わせるのはハロルドが軍に入ってから初めてだった。

「シャルティエが助けてもらったそうですね。礼を言います。」 「俺も助けられた。」
「そうですか。」

やっとハロルドが口を開いたことに、イクティノスは表情を緩めた。だが、正直言ってどう扱ったものか、という迷いもある。政治的な面倒ごとはこれ以上御免だと思っていた。

「あのさ。」
「はい。」

不意に、ハロルドが口を開いた。歯切れよく言いたいことを言うタイプだという記憶があったので、何だかはっきりしない前置きが付いたことに、イクティノスは微かな驚きを覚えた。

「変なこと聞くけど。」
「変なことは得意分野です。」

イクティノスが笑みを浮かべてそう答えると、感情を殺していた顔に苛立ちが浮かぶ。ハロルドは舌打ちをしてから続けた。

「あんた、味方なのか?」

唐突な問いだったが、それを不思議に思うことはなかった。彼自身も、今日一日、敵味方ということについて考えていたところだったから。

「この状況でそれを尋ねますか。」
「答えろよ。」
「同じ制服を着ていますよ。」

同じ制服を着ているからと言って味方とは限らない。今日一日の経験からも明らかなことだったが、敢えてイクティノスはそれを口にした。

「そういうことじゃない。」
「何でも、敵味方の二色ではっきりと分けられる訳でもないでしょう。」
「はぐらかすな。」

ハロルドが銃口をイクティノスに向けた。イクティノスも同時に銃を抜いてハロルドの額にいつでも穴を開けられる姿勢を作った。

「敵か味方か分からない相手を見つけたら、そうやって尋ねて回るんですか?」

ハロルドは再度舌打ちをした。この男の言っていることは正しい。敵味方の二つに分けられるほど世の中は単純ではない。それでも、ハロルドは何かはっきりしたものが欲しかった。

「今、俺はあんたに聞いてる。」

どこまでも純粋な目に、苛立ちと迷いが見て取れた。あぁ、そうか、彼も小さな戦争をやめたがっているのだ。イクティノスは銃を向け合っていながらも、目の前の人間に言いようのない親しみを覚えた。

「撃ちますか?」
「あんたが、あいつと同じなら撃つ。」

自分がブレーマーと同じか、否か。難しい質問だとイクティノスは思った。彼から見れば、ブレーマーも自分も醜い内輪争いに終始している下らない大人に見えるかもしれない。

「難しい問題ですね。」

随分と間を置いてから、正直に答えた。勿論、自分の活動全てが地上軍の勝利に繋がっているとは思っている。だが、それは主観に過ぎない。権力闘争にばかり目が行くようになっている自分に気付いていないだけなのかもしれない。

「自分を客観的に見ることは出来ませんから。」

もっと良い答え方があったのかもしれないが、イクティノスは思った言葉を口にした。彼は元来コミュニケーションが器用ではないのだ。

「何も言えていないに等しいな、これは。」

自分の言葉の拙さにイクティノスが渋い顔をする。ハロルドも同様の感想を持ったが、彼にはそれが考えに考えた結果の誠実さ、或いは愚直さにも思えた。

「てきとーに誤魔化せば良いものを。」

二〇歳そこそこの人間を煙に撒くくらいのことは容易いだろうに、それをしなかった。イクティノス・マイナードは彼が思っていたよりも真面目な人間らしい。ハロルドは銃を下ろした。

「止めた。」
「急ですね。」
「分からない人間を撃つのは主義じゃない。」
「そうですか。」

ハロルド・ベルセリオスは身勝手な人間だと聞いていたが、どちらかと言うと自分が作ったルールを頑固に守って生きているタイプのように、イクティノスには映った。ある種、全くの子供なのだ。自然と表情が緩む。イクティノスも銃を下ろした。

「失礼します。」

タイミングを計ったかのようにシャルティエが入ってくる。それまでの遣り取りを全く聞いていなかったかのような様子だった。またハロルドの舌打ちが聞こえたが二人は聞こえないふりをした。シャルティエは小ぶりな封筒を一つ持っていた。

「ブレーマー少佐が隠していました。」
「ありがとう。」

封筒を開封し、中身を確認する。例のリストだった。暗号で書かれてはいたが、イクティノスには問題なく読み取れた。最初から最後まで目を通すと、マッチを取り出して封筒ごと焼き捨てた。

「これで、全て片付きましたね。」
「はい。」
「引き上げましょう。ディムロスに連絡を。」
「了解しました。」

シャルティエはそう応えると、ハロルドへ一瞬だけ笑顔を見せて一足先に階下へ走っていく。イクティノスは服に付いた灰を二、三度払い、身形が綺麗になったことを確認してからハロルドに向き直った。

「では、また。お兄様によろしく。」
「え?おい。」

去っていくイクティノスを慌ててハロルドが追い掛け、腕を掴む。見た目から屈強でないことは分かっていたが思った以上にイクティノスの腕は細かった。それに少し戸惑い、すぐに手を離した。

「何ですか?」
「俺はどうなる。」
「どうもしませんよ。犯人は捕まりましたし、リストも戻りました。目的は達されましたからね。」
「いや、だけど・・・。」
「私達は憲兵や警察ではありません。」

憲兵や警察を下に見るつもりはなかったが、要は目的が違うのだ。警察は治安機関、彼らは情報機関。今回の件の処理に自分が若干の手心を加えようとしていることについて、イクティノスはそのように考えていた。

「まぁ、無関係だったことにされるのがどうしても嫌ということなら、貴方を救助したことにしてお兄様やお父様に恩を着せましょうか?」

イクティノスが冗談を言うと、ハロルドは露骨に嫌な顔をした。何であれ、反応が返ってくるというのは嬉しいものだ。特にそれが、相手の本心を反映していると感じられるものならばなおさら。

「それに、」

今度は真面目な、しかし穏やかさを忘れてはいない顔でイクティノスが続ける。妙に晴れやかな気分だった。あぁ、そうだ、帰ったら総司令に電話をして、食事のことについて返事をしなくては。

「私と貴方は敵同士ではないのでしょう?」

ハロルドに苛立った様子はなかったが、少しだけ決まりが悪そうだった。これまでの態度を変えるというのは簡単なことではない。眉間に皺を寄せながらたっぷりと間を取って、やっと一言を口にした。

「・・・今のところは。」

彼らの小さな戦争が終わった瞬間だった。







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